フランスにて vol.2NEWS1

こんにちは、ユク です。
前回の更新から大分経ってしまいました。
やっとフランス編パートⅡになります。
パートⅠは こちら です。
前回は僕の故郷までの道程を紹介しました。
今回は僕の故郷の紹介です。
僕の祖父母が住んでいる村は
セギュレ村といいます。
スペルはSéguretと書いて、
セギュレと読みます。
Googleなどで検索すると
セグレとなっていますが、
きっとローマ字読みでそのまま読んでしまったのだと思います。
セギュレ村は南フランスのプロヴァンス地方の北、
オーストリア、スイス、イタリア、フランスに連なる
雄大な山脈の1番左端に位置し、
20〜30家族が住む小さな村です。

10年前くらいになるでしょうか?
プロヴァンスブームが起きた頃は
色々な国々から多くの方がやって来て
夏は人口が急激に増えるという
現象が起きていました。
今はそのブームも去り、
静かな村に戻っています。
それでも夏になるとヴァカンスの旅行者で賑わいます。
フランスの美しい村として選ばれていて、
観光地としても有名みたいです。

こちらがフランスの美しい村のHP。
http://www.les-plus-beaux-villages-de-france.org
セギュレの紹介はこちら。
http://www.les-plus-beaux-villages-de-france.org/fr/seguret-0
写真は少ないですが、
雰囲気は伝わると思います。
ここでこの地方の簡単な歴史をご紹介。
僕の拙いフランス語で調べた歴史ですので、
怪しい部分もありますが、
ザッと紹介させていただきます。
セギュレの辺りは
紀元前50年頃から、
ローマに征服された後のガリア人達が住み、
ローマの属州、
プロヴィンキア(現在のプロヴァンス地方)として
発展していきました。

セギュレ村自体は10世紀から12世紀の
中世前期に形成されたのですが、
この地方は、ローマが滅んだ後
ある時は、トゥルーズ伯爵に
ある時はアヴィニョンの教皇に支配され、
その後、ヴナスク伯爵領になり、
さらにその後、カトリック教皇に帰属。
そして、フランス革命を経て1793年に
ヴォクリューズ県として併合されました。
それなのでこの地方には
ローマ時代の円形劇場や建物などが
あちらこちらに残っています。
セギュレ村の座している山の頂上にも
石造りの砦跡が残っており、
子供の頃は冒険や宝探しをしたりして歩き回りました。


もちろん宝物はありませんでしたが、
過去の歴史のある遺跡を身近に感じられた経験は、
何物にも代えられない良い思い出として残っています。
村の建物自体も石造りで大変古く、
歩いていると中世を旅しているようです。


お話は変わりまして、
この地方もワインが特産品です。
山の斜面にある村から見える景色は
地平線まで広がる一面のぶどう畑。

春夏は青々としたぶどうの葉で一面緑色に、
秋は赤く染まった葉で紅葉が楽しめます。
ただ冬はどうしても物悲しい景色になってしまいます。
なにも衣を纏っていない背の低いぶどうの枝が
どこまでも一列に真っ直ぐ並ぶ姿は
整然として美しくもありますが、
どこか哀愁を感じてしまいます。

セギュレはローヌ河流域にあり
ワインも美味しい物が手に入ります。
コート・デュ・ローヌの名前は
知る人も多いのではないでしょうか。
この地域のワインだと、
シャトーヌフ・デュ・パップ、ジゴンダス、
ヴァケラス、タヴェルなどが有名ですが、
他にも多くの美味しいワインがあります。
セギュレのワインもとても美味しいです。

近所のワイナリーに直接買いに行き、
安くて良い物や、お薦めのワインなどの情報を聞きながら、
色々な種類を試飲できるのもまた一つの楽しみです。
安くて美味しい自分好みのワインを探し出すのも一興です。

また、大きめの持ち運びできるタンクに
量り売りでガソリンを入れるかのように
大量に購入する方法もあり、
フランスの個人のワイン消費量の高さを物語っています。


長文、ここまでお付き合い下さり、
ありがとうございます。
話すネタはまだたくさんあるのですが、
ここで一区切りつけたいと思います。
どこかでローヌ川流域のワインを見つけたら
セギュレのことを思い出していただき、
このブログの話を話題に一杯なんて
いかかでしょう?





